障害のある人がITを活用して誇りを持って働くことのできる社会へ

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2004年10月1日(金曜日)

時間

瞬く間に10月。時間が経過するあまりの早さに翻弄される。それにあわせて、その時その時に持っていた感情も記憶も劣化しているような気がして、考えるたびに寂しい気持ちになる。「時間が止まればいいのに。」「せめて何ヶ月か時間が戻ればいいのに。」と何度思ったことか(笑)。そんなこと書いてる間も、刻々と時間が過ぎているが。。

2004年10月2日(土曜日)

2回目の成人式

今日は仕事仲間でもあり友人でもある谷井さんの2回目の成人式。なぜ2回目かというと、高校生のときにモトクロスで転倒して頸隋損傷の障害を負ってから、まる20年が経ったからだ。現在は、口で咥えるスティックを武器にコンピュータを操り、ベンチャー企業の社長として張り切っている。その「2回目の成人式を祝う昼食会」がアスト津で行われたので、久しぶりにネクタイをして出席した(笑)。

80名ほどの人々が出席してただろうか。事故にあってからこれまで、医療の現場で彼とともに闘った医師の方たち、高校時代の恩師や同級生、そして起業してからパートナーとして仕事をしている企業の皆さん、忘れてならないナミねえ、そして僕らのような行政側の人たち(なぜか僕は行政サイドではなく、福祉関連団体のほうでエントリーされていたようだけど(笑)。ま、それだけお役人のイメージは誰も持っていないってことか・・)。いやーとても盛り上がった昼食会だった。

ここまでの20年は、彼にとって表現し難い道のりだったことは言うまでもないだろう。僕はその数年しか関わっていないから、安易なことも言えないけど、失意・苦悩・希望のなかでとても価値のある人生を送っているのではないかと思った。障害を持ってしまったことは、誰でもショックに違いないだろう。いろんな意味で、それまでと全く別の生き方を選択せざるを得ない場合が多いからだ。でも、彼の偉いと思うところは、何も出来ないからと何かに頼るより、自分に出来ることは何かを探し、それに挑み続けていることだ。

ただ、「彼でも頑張ってここまで来たのに、五体満足の自分たちが中途半端で情けない。」とか、祝辞で話している人もたくさんいたが、僕はそんなことは思わない。人は誰でも自分のやりたいことに向けて努力して当たり前だし、彼が努力したのも当たり前のことだから。僕はそのことより、彼が努力できる環境を作り上げたお父さんや周りの人たちの努力に頭が下がる。僕が頑張ってこの仕事を進めていきたいと思う一番のテーマはそこだから。当事者が努力するのはそんなの当たり前、厳しくて当たり前、失敗したら僕にも徹底的に怒られて当たり前。重要なのは、僕たちが、彼らが僕らと同じ目線でかつ環境で、努力できるようなシステムをつくること。だから教育のしくみづくり。これが大事。

2004年10月3日(日曜日)

hotel california

いやいや懐かしい。久しぶりにラジオでイーグルスのホテルカリフォルニアを聴いた。実際にヒットした1976年の時にはまだ小学生だったから知るはずもないけど、高校生になってから洋楽の好きな友達に聴かされて、それ以来、洋楽の虜になってしまうきっかけになった曲だ。そういえばその頃はまだレコード全盛期。少ない小遣いでシングル版のホテルカリフォルニアを買って、いつものように家で聴いていた。ステレオも古かったから、とてもじゃないがカセットデッキ(その頃はこう言ってた)なんかも付いてない。だからラジカセをステレオのスピーカーの前に置いて、物音立てないようにして、なるべきキレイに録音するようにするので必死だった。でも、この曲は結構長い。横の部屋でばあちゃんとか寝てるから、何とか1回で成功させなければと必死だったことを覚えている。最後のジョー・ウォルシュとドン・フェルダーのギターの掛け合いの最も見せ場のところまで来て、「よし、もうちょい」と思った瞬間に、母親がいきなりバタンと入ってきて、「近所迷惑やに!」と怒った。しっかりこの声の入った曲をしばらくカセットで聴くはめになった。とても変なことを思い出した(笑)。そんな時代に比べて今はどうだ。パソコンでCDが聴けるなど、誰が想像しただろうか・・

2004年10月4日(月曜日)

ぬうぉぉぉぉ

頭がボヤボヤして、眼球も痛くて、とても集中できない。せっかく、肩こりが例のチタンネックレスでかなり解消されて良かったと思ってるのに、最近は首から上の症状に悩まされている。まぶたも、ボンドか何かでもついてるかのようで、ちょっと油断したら睡眠学習しそうだし。「ぬうぉぉぉぉ」って叫びたい気分だ(笑)。

2004年10月5日(火曜日)

まあいいじゃないか

一応、言うことは言って、やることはやって、結果は結果として受け止めればいいじゃないか。勝っておごらず、負けて腐らず。結果は結果だから、決して後悔もしないこと。誰も理解できないほど新しいことやってるってプライドをもって、少しずつでも続けていければいい。まあいいじゃないか。

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2004年10月6日(水曜日)

久しぶりに

いよいよチタンの効き目も薄れてきたか(笑)。首から上がキリキリするわ、眼球もガンガンするわで、ちょっと画面も見づらい。考えることもいっぱいあるんだけど、ちょっと今日は限界かなぁ。また明日、切り替えて頑張ることにしよう。

2004年10月7日(木曜日)

沈黙

・・

2004年10月8日(金曜日)

沈黙2

・・・

2004年10月9日(土曜日)

沈黙3

・・・・

2004年10月10日(日曜日)

秋晴れ

だというのに、じっと座ってとても不健康極まりない。食べるかPC触るか転寝するかなので、極度のストレスがたまって、日記もあまり書く気も起こらないから、3日間は沈黙ばかりが続いた。が、今日は少しくらいは書こう。野球のピッチャーが、たった1球で心理状況がコロコロ変わるのと同じで、僕も大げさな表現をすれば、分刻みでコロコロと状態が変化している。日ごろの精進が足りないせいだと思うが、勉強に頭がついていかないことも多く、ほかに考えることも多く、とても集中できそうもない。さしずめ、1回もたずにノックアウトってところだ(笑)。はぁ。秋晴れだというのになぁ。

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2004年10月11日(月曜日)

太陽

昨日につづいてカラっと晴れた気持ちのいい一日だった。今日は「体育の日」でもある。ちょっと前(って言っても何年も前か・・)までは、必ず体育行事かバレーの試合があって頑張ってたけどなあ。ま、今はそんな元気もないか。しかし、いまは子どもの体力が昔に比べて落ちているのに、中高年の体力が向上しているそうだ(笑)。中年という枠に入ってきている僕は、同年代の人たちと比べたら、やっぱり体力があるのかも知れない(それしかないとも言う)。まだ頑張れば現役にも戻れるような気がするし。気のせいかもしれないけど。しかし、太陽の下でのんびりと過ごす時間が懐かしい。

2004年10月12日(火曜日)

かたち

なぜ、ひとはかたちに拘るのか。かたちを壊してばかりの僕に語る資格はないか。

2004年10月13日(水曜日)

ひとひらの思い

人ひとりが考えること、思うことなど、本当にちっぽけなこと。力の無さと能力の無さというものを痛感するよなぁ〜。なんか必死にもがくだけもがいて、波紋のひとつも起こせていないような気もする。北京のチョウなど夢のまた夢。また冬がやってくるけど、ひとひらの雪のように、僕の考えていることも本当にひとひらの思いなのかもしんない。そんなのも自分らしい。

2004年10月14日(木曜日)

考えてしまう

この仕事をするようになったおかげで、体力は無くなった、身体のあちこちに支障が出てきた、偏食になった、睡眠不足になった、確実に寿命を縮めた、今までの仕事をすべて忘れた、変人だと思われるようになった(笑)など、まっさきに悪いところしか思い浮かばない。しかし、いいところもちょっとダケあった。知らない世界を少しだけ知ったことだ。人の気持ちなどいつまでも理解できない人だが、こういう社会(視点)があることを知ったことはとてもプラスだった。僕の身近に何かない限り、障害者や弱者と呼ばれる人たちとの接点など、ずっと持つことはなかったからだ。

経験しなければしないほうが良かったのか?何も知らないで済むのならそれも良かったかも知れないが、しかし、ゆくゆくは僕も弱者と呼ばれる側に行く。そのままにしてても、自然と耳が遠くなり、段差がキツク感じるようになり、何らかの障害を持ってしまうからだ。しかし、かと言って、今障害者の気持ちが理解できるのか、どんな状況なのかすべて把握できているのかって聞かれると、返答に困ってしまって逆に考え込んでしまう。きっと僕がこんな仕事してても、ワーカーの人たちは「彼には障害者の気持ちなんて理解できるはずがない。」って思ってることは間違いないと思うし(笑)。

しかし、僕も言いたい。「じゃ、僕の気持ちを理解してくれるのか?」と(笑)。いろんな人に会って、いろんな場数をふんで、それこそ他の人よりもいっぱい経験できる機会があれば、その溝は埋まっていくかも知れない。でも、人はそんなに動き回れるものではないし、そんなに経験できるものでもない。だから、ある面わかったつもりってことも重要なのかもしんない。しかし、いつもこんなこと考えてしまう。ずっと解決できないテーマだと思うけど。

2004年10月15日(金曜日)

カレンダー

机の上のカレンダーがまだ8月なのに気がついた。カレンダーを更新するほどの余裕すらないのかと、少々悲しい気持ちにもなる。カレンダーがノートパソコンのふたで隠れて見えないってことは、ふたがほとんど開きっぱなしだからということでもある(苦笑)。このカレンダーは人からもらったものだが、言の葉墨彩画家のひろはまかずとしさんの作品が書かれているものだ。10月のカレンダーにしたら、こんなことが書かれていた。

その失敗をけっして後悔する事はないよ。

あなたならぜったいにこれからの人生に生かせるのだから。

ひろはまかずとし

少し救われたような気持ちになった。

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2004年10月16日(土曜日)

逆戻り

どうも腑に落ちない部分がいつまでも引っかかって、結局逆戻り。また回路を元に戻して悩むことになりそうだ。時間だけが過ぎるばかりで何とも焦ってしまうなあ。ま、いい意味での悩みだと思い込みたい。

場外戦?

仕事の合間に息抜きで見たネットの記事に爆笑した。光景を思い浮かべただけでとても愉快だし、微笑ましいとも思える。大の大人が揃いもそろって。しかし、こういう真剣さも僕は大好き(爆笑)。

http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20041016&a=20041016-00000019-nks-spo

2004年10月17日(日曜日)

今日は何曜日?

曜日の感覚も何日かもわからないときが多い。かろうじて日記を書くときに状況をつかむことができる。あんまりひどいときにはスタッフに曜日や何日なのかを確認したりしている。これが末期症状というものだろうか。情けないなあ。

2004年10月18日(月曜日)

パソコン更新

県職員として使うノートパソコン(おかしな表現だけど)が久しぶりに更新された。今まで使ってたパソコンを県庁に持っていって、担当の人に中身の入れ替え作業をお願いした。その間約2時間、久しぶりに県庁のデスクでじっとしていた(笑)。そういえばトイレに行くのを我慢してたんだと思い出した途端、とても我慢できなくなって全速力でトイレに直行。その途中で何人かの知り合いに声をかけられた。「おい、だんだんNPOみたいになってくなぁ(笑)。」だって。僕はそれどころではなく、トイレに行くことが第一の目標なので、「どーも。」と言うのがやっとだった。用を足して安心してからふと考えた。NPOみたいって何?こんなダラケタ服装して、髪もボサボサ、髭も伸ばしっぱなし、まるでフリーターのような格好しているからNPOなのか?やっぱしNPOって胡散臭いものだと思われているのかも(笑)。そんな気がした。

僕は普段、県庁のパソコンはほとんど使っていなくて、連絡用のメールやスケジュールや事務手続きの必要があるときにしか開かない状態。しかもアストの11階などにいるから、ダイヤルアップで県庁にアクセスしているので料金も気になるし、どんどん使わなくなっている。しかし、新しいパソコン見てビックリ。今eふぉーらむ用に使っているパソコンよりも画面は大きいし、CPUは早いし(笑)。今はメインで使ってないから、あー勿体ないって感じ。かなり僕自身、スタッフにわがまま言って仕事の環境は整えてもらっているけど(その分働いているつもりなので許していただきたい)、NPOとしての先行きを危惧して、とても貧乏性に拍車がかかってしまったよう(笑)。いつも19時を超えると半額になるスーパーの弁当を狙って時計ばかりを気にしている自分がいる(笑)。

2004年10月19日(火曜日)

試み

講習の様子今日は、サテライトオフィス津でデジタル地図加工作業についての説明会。NTTネオメイト様との連携で、在宅でデジタル地図の加工作業をやっていけないかという試みの第1歩だ。どれだけの在宅ワーカーが最終的に関わっていけるかわからないけど、ぜひ次のステップとして皆さん張り切ってほしい。

うまくいくかどうかなんて僕には考える暇もなくて、ただ、たった一人でも社会を支える側に回ってくれる可能性があるのなら、どんなことでもやってみようと思うだけ。格好つけているわけではなく、素直にそう思うだけ。

2004年10月20日(水曜日)

台風通過

えらい雨と風だった。午後からは外にも出られなかった。危ないから、今日はスタッフには出勤しないよう伝えてあったので、ひとり静かに仕事していた。

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2004年10月21日(木曜日)

何も茄子

・・・。眠い。

2004年10月22日(金曜日)

飲んでもないのに二日酔い

ちえ熱。頭痛。ちえ熱。頭痛。ちえ熱。頭痛。・・・

2004年10月23日(土曜日)

ひとり

ひとりで考え込んだり悩んだりする時間が一日のうちの大部分を占めているだけに、とても無口になって、そして孤独を感じる。まあひとりだから無口になるのは当たり前で、必要に応じて会話するのはメールと電話が鳴ったときくらい。ネットにつながったコンピュータが唯一の友達。オタクの道まっしぐらってところだ。たくさんの事に追われ、どうにも身動きできない状況ってのは、身体だけでなく、精神的にも本当に悪いと身をもって実感した。しかし僕の場合は、自分で招いた状況だということを自覚している分だけ、少しは諦めもつくし、我慢しなきゃならないことだと思う。そこでふと考えたのが、自由を奪われ動物園の檻や水族館の水槽に閉じ込められた動物たちのことだ。彼らはどんなに耐え難く、すさまじい辛さに対峙しているのかと思うとゾッとする。本当はもっと自由に生きたいだろうに。

同じように、障害や病気で動けない人、行動が制限される人。僕は在宅就労支援などと聞こえのいいことを無神経に進めているが、在宅ってつまりはひとりの場面を作ってしまうことは多いし、過度なプレッシャーが不安を増長する原因にもなる。勿論、プレッシャーに対峙することはとても大切だけど、もっと考えなきゃいけないことは多いなあと改めて思う。

2004年10月24日(日曜日)

やっぱし頭悪い

自分としてはかなり勉強してる気がするんだけど、やっぱり気のせいなのか。どーもシックリきてないのが自分でも分るから、その判断は正しいだろう。んー悲しいかな僕の脳みその構造は多重構造になってない。とは言っても悲愴感はないんだけど(笑)。元々、まーこんなもんだろうって思ってるし。ただし、脳みその働かせすぎによる頭痛や微熱は、きっと僕にはかなりのプラスになってることは確か。飲み込みが悪いなりに毎日チビチビと進んでいきたいと思う。

2004年10月25日(月曜日)

巷では風邪がはやっているようだ。僕の周辺でも結構風邪の人が多い。そのせいではないと思うけど、夕方から頭痛が激しくなって、少し寒気がした。「これはやばい」と思って、3階のセンターに薬をもらいに行ったけど残念ながら風邪薬はなし。仕方ないので頭痛薬を飲んでしばらく大人しくしてたら、どうやら良くなったみたい。何か変な感じがするけど気のせいだろう。今、病気なんかになっては絶対にダメ。

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2004年10月26日(火曜日)

イス

そういえば、少し前にイスを買ってもらった。どうしても長時間座りっぱなしで、何か読みながらモタレルことがあっても、普通のイスだと頭までかからないからとても疲れるし、頭痛や首痛の原因になる。そこでスタッフも見るに見かねて、と言うより僕がわがままを言ったのだが、首までもたれることの出来るイスを買ってもらった。で、これまで使ってきてとても快適。安心してモタレルことができるから嬉しい(笑)。しかし、そもそもイスに根を生やすほど座り続けなければならないこと自体が何とも情けない話。と言いつつ、今もモタレテいる(笑)。

2004年10月27日(水曜日)

ノンターボ

やっぱり僕の馬力はノンターボのディーゼル車。

2004年10月28日(木曜日)

浮き沈み

毎日毎日、浮き沈みの連続。それも低いレベルの世界の話。

2004年10月29日(金曜日)

なんだか

「どーん」って感じの頭痛が続いてるなあ。やることが何にも進んでないっていうのに。

2004年10月30日(土曜日)

さえない現実

まったくもって、本当に悩ましい毎日だ。さえない現実ってこんなことを言うんだなって思ったら、ミスチルの歌を思い出した。

叶いもしない夢を見るのは
もう止めにすることにしたんだから
今度はこのさえない現実を
夢みたいに塗り替えればいいさ
そう思ってんだ
変えていくんだ
きっと出来るんだ

「蘇生」(ミスターチルドレン)より引用

2004年10月31日(日曜日)

秋の夜長は涙もろく

とっても色々なことがあるからなのか、自分でも考えられないほど泣き上戸な人になってしまった。バカみたいにとにかく何でも泣いてしまう。ただ人前では泣かないが。

テレビで実際に見ているわけではないし動画も見ているわけはないのに、イチローの安打記録達成、松井のヤンキースが負けたこと、新潟地震の凄惨な状況、そのなかで奇跡的に子どもが救出されたこと、イラクで日本人の人質が残念ながら殺害されたこと、それと何気なく耳に入ってくる音楽、道端で無邪気に遊んでいる子どもを見て。。何かどんなことでも泣けてしまうような状況で困ってしまう。自分で言うのも何だけど、これは心が優しいってことを証明したいわけでは断じてない。僕は冷淡だっていう認識は自他ともに変わらない。ただ、泣けるっていうのは、直接性格とは関係ないことがよくわかった。

というのも、涙というものは、流そうと思ってもそれは無理だからだ。僕が俳優ならわかるけど(笑)。本当に、ちょっとしたツボを刺激されるだけで不覚にも流れてくるものだ。そうなると何故かもう止まらない。バレないようにすることで必死になる(笑)。だから、泣けるものイコールいいものとは限らない。目に飛び込んだ何気ない言葉や場面が、自分の気になるどこかに刺激を与えているだけなのだ。たくさんの人が本当に感動して泣けるものは本当にいいとは思うけど。

そんな秋の夜長に、いつも答えに見つからない毎日にストレスをタメこんでイライラしたり、どうにもならないことに心が乱れ憔悴してしまうくらいなら、純粋にもっとあったかい気持ちを少しは持ってみたい。僕は責められ続けることが義務なのかも知れないが、ほんの少しは気を休める時間があってもいいだろう。そこで、レイモンド・カーヴァーの短編集の単行本を買ってきて、その中のたったひとつ「a small,good thing(ささやかだけれど役にたつもの)」を読んでみた。悲しみの焦点がピッタリ合って、でも絶望のなかにわずかに見える希望がとても暖かい。涙腺が緩んでいるせいもあってボロボロ泣けた。今日で10月も終わりだ。とっても早い。

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